フィエスタ・ペルアナ

0
     こんにちは!

    初めて投稿させていただく南です。

    私はつい先週、1年間のデンマーク留学を終え日本に帰ってきました。
    日本の高湿度な熱さにおどろきましたが、神戸のカルタイ事務局も相当熱いですよー!
    私も負けずにカルタイ本番までにテンションを上げていきます。

    さて今回は、7月10日(日)に行われたペルーの独立記念祭「フィエスタ・ペルアナ」の様子をレポートしたいと思います。
    このイベントは、7月28日で独立190年をむかえるペルーの文化を紹介することを目的に、「ひょうごラテンコミュニティ」さんの主催で行われました。
    ひょうごラテンコミュニティは、日本に住むスペイン語圏南米系住民の自立をめざし、スペイン語情報誌の発行や、ほかの地域住民への情報発信といった活動をされています。

    会場は、カルタイ2011と同じ「海外移住と文化の交流センター」。
    私が到着した11時には人はまばらでしたが、12時にメインホールで司会者がマイクをとったときには、会場は人でいっぱいでした。
    南米系と思われる人は半数くらい、きこえてくる言語はスペイン語、日本語、英語。日本人の大学生や子供連れの方も多かった印象です。

    13時、ひととおりのあいさつが終われば、ついにお祭りがスタートです。
    民族衣装をまとったアーティストの方々が、軽快なリズムの音楽を演奏すると、
    オーディエンスはしだいに音に合わせてゆれはじめ、一人また一人とステージ前のスペースに出て踊り始めました。
    3組ほどが演奏しおえるころには室内が熱いほどでした。



    朝、道中に阪急三宮駅で、京都から来たというペルー出身の方と出会いました。彼が言うには、ペルーでパーティといえば、料理、お酒、そしてダンスが不可欠だと。
    お互いのことをよく知らなくても、あるいは名前さえ知らなくても、踊ればそれ以上のコミュニケーションがとれると言っていました。
    日本のパーティには音楽がないし、時間も早すぎる!と嘆いていました(笑)

    お祭りの別の楽しみは、ペルーの料理と飲み物です!
    私は豆が大好きなので「豆と牛肉の煮込み」、それから「インカ・コーラ」という炭酸飲料をいただきました。
    豆と牛肉の煮込みは、スパイスがきいていて香りがあるものの、すごく食べやすい味でした。
    ほかにもカレー味のピラフの上に手羽元がのったチキンライスや、いろいろなスイーツもありました。
    写真は、「インカ・コーラ」です。



    会場はノンストップで音楽がなりつづけていましたがオーディエンスの盛り上がりは最後までおさまることがありませんでした。
    司会者も、このイベントの後援団体の代表者であるスーツを来たおじさんも、ステップが上手な人もそうでない人も、いっしょになって踊り、楽しんでいました。



    私が想像していたよりはるかにいろんな人が参加していたこのお祭り。
    いい意味でばらばらの人たちが、海外移住と文化の交流センターに集まり、ペルーの音楽と料理に笑顔になる。それは楽しいしとても意味があることだと思いました。
    カルチュラルタイフーン2011も参加者のみなさんに有意義だった、そして楽しかったと感じて言っていただけるイベントにしたいです!


    南 奈穂

    Fiesta Peruana KOBE 2011

    0
       
       
      こんにちは!

      ブログ初投稿です、印刷物担当の杉田です!


       
      先日、新開地にある神戸アートビレッジセンターに
      『悲しみのミルク』という映画を観にいきました。

      2009年のベルリン映画祭で金熊賞(最高賞)を受賞した注目作で、
      監督は2010年ノーベル文学賞を受賞した
      作家マリオ・バルガス・リョマの姪でもあるクラウディア・リョサです。‎

      1980年から20年続いたペルー内戦を背景に、
      内戦後も深く根付いてどうしようもない悲しみを1人の少女を通して淡々と描いた作品でした。

      私は初めてペルーの映画を観たのですが、
      むっとした暑い空気まで感じられるような鮮やかな色彩が印象的でした。
       
      この映画のことをなぜわざわざこの場に書いたのかというと・・・

      ペルーです!

      先日の記事で、機材担当の河上がセンターで行われた
      ブラジル移民際「フェスタ・ジュニナ」の様子を伝えてくれましたが、

      今度はペルーの独立記念祭「フィエスタ・ペルアナ」が7月10日にセンターで行われます!





      今年はペルー独立190周年。

      南米ペルーがスペインからの独立を果たしたのは7月28日です。

      県内でも約2千人ほどが暮らしているらしく、より多くの人にペルー文化を知ってもらおうと、
      スペイン語圏の出身者らを支援する「ひょうごラテンコミュニティ」が企画しているそうです。

      我々スタッフも参加予定です!

      皆さんもぜひ足をお運びください!



      印刷物担当 杉田真理子
       

      フェスタ・ジュニナに行ってきました!

      0
         こんにちは!!

        機材担当の河上です!

        先日、カルチュラル・タイフーン2011の共催団体であるCBKさん主催の
        「フェスタ・ジュニナ」に行ってきました!



        フェスタ・ジュニナ(Festa Junina)とは、直訳すると「6月祭」という意味で、
        「収穫」を祝うお祭りのことです。南半球ではいまの時期が秋、収穫の季節なのです。

        今回の祭りでは、シュハスコやパステウといったおいしいブラジル家庭料理が振る舞われ、
        クァドリーリャ・ダンスやゲームなど、さまざまな催しが行われました。



        ↑ 右手にもっているのが、シェハスコ(ブラジル風バーベキュー)、
        左手が、「ガラナ」というブラジルで人気の炭酸飲料です。


        当日のプログラムは以下の通りです。

         11:00   イベント開始
         11:30〜 12:15 第1回オセロッチ生演奏
         12:30〜 子供たちのダンス(女子)
         13:00〜 13:45 第2回オセロッチ生演奏
         14:00〜 子供たちのクァドリーリャ・ダンス
         14:30〜 大人のクァドリーリャ・ダンス
         15:00〜 ビンゴ大会
         〜16:00 終了

        今回の目玉は何と言ってもビンゴ大会!

        1等賞はなんと・・・ブラジル往復航空券!!!

        これはやるしかない!と思い、来場早々、ビンゴカードを購入しました。


        まず、オセロッチの生演奏から始まったのですが、
        とてもノリが良い音楽で初めて聞いた僕もついつい踊ってしまいそうになりました。



        子供たちのダンスはとても愛くるしく、
        授業参観に来た母親のような目線で観てしまいました。




        自由参加のクァドリーリャ・ダンスでは、CTスタッフも踊りを教えてもらい、
        みんな輪になって、ダンスを満喫しました!



        プログラム自体は、5階ホールで開催されていたのですが、
        館内全体が祭りの楽しい雰囲気につつまれあっという間に時間は過ぎていきました。


        そして、待ちに待ったビンゴ大会の時間がやってきました!

        1等がブラジル往復航空券なだけあって会場は超満員です。



        今回のビンゴは特別に「ブラジルルール」で行われました。
        「ブラジルルール」とは、カードの全部の穴をあけて初めてビンゴになる、というものです。

        番号が発表され、会場の全員がどんどん穴をあけていく中、
        僕も一緒になって穴をあけていってたのですが・・・


        なんと!!僕が一番早くリーチになったのです!!!


        しかし、なかなか次の番号が呼ばれないと思った矢先、
        他の方がビンゴになりブラジル往復航空券を手にしました。

        少し残念でしたが、2番目にビンゴになった僕は、
        「セレッソ大阪対浦和レッズ」のペアサッカー観戦チケットを手に入れたので、
        十分満足できました!!


        CBKさんのおかげで、本当に最初から最後まで、充実した時間をすごすことができました。

        本当にありがとうございました!!



        機材担当 河上 誠





        関西カルチェラル・スタディーズ若手研究会(仮称) 「サッカー選手の移動経路からみるJリーグ──外国人選手たちは、どこから来て、どこへ行くのか?」のご報告

        0

          こんにちは。カルチュラルタイフーン2011ブース・パフォーマンス部門担当の藤墳智史(ふじつか・さとし)です。よろしくお願いします。5月21日(土)の第8回会議の後に行われた「関西カルチェラル・スタディーズ若手研究会」のご報告です。

          今回は山本敦久さん(筑波大学)をゲストにお招きして、「サッカー選手の移動経路からみるJリーグ──外国人選手たちは、どこから来て、どこへ行くのか?」というタイトルでお話をいただきました。

          さて、Jリーグは1993年の開幕以来、プロ・サッカーのナショナル・リーグであるとともに、日本全国の各地域を地盤に、サッカーを通じて地域単位でスポーツを軸とした文化を確率することが標榜されてきました。このことは「百年構想」等でも触れられており、ご存じの方も多いと思います。

          しかし、少し見方を変えれば外国籍の選手たちのJリーグへの参入とそこでの活躍は欠かせないものでもありました。ジーコ、リトバルスキー、ブッフバルト、レオナルド、ドゥンガ、エムボマ、ストイコビッチ、パク・チソン…etc、印象に残る外国籍選手は沢山います。各地域のチームも選手たちの移動の流れにさらされており、多くのチームが外国籍の選手たちに支えられています。プロ・サッカー選手たちのグローバルな移動の経路に組み込まれてはじめて、ナショナル・リーグが確立するとともに、その地域のプロ・サッカーチームも成り立っています。

          さて、共通のルールを備えた近代スポーツとしてのサッカーの誕生と、その後の国境を超えてチームを点々としていくような「移動する選手たち」の動向については、英語圏では歴史的な観点から研究が行われています。代表的なものとしては、Pierre LafranchiとMattew Taylorの共著 "Moving with the Ball"(2001) があります。また、サッカー選手を労働者として捉え、その特徴について考察した研究もあります。代表的なものは、Martin Roderick "The Work of Professional Football: A labour or love" (2006)があります。また、95年のボスマン裁定は選手とクラブ、地域との関係を大きく変え、選手の動きの流動化が進むことになりました。サッカー選手は高度・特殊な技能を持った移民労働者として捉えられるようになったわけです。

          今回の報告で山本さんが注目したのは、Jリーグの外国籍選手です。93年の開幕以来、Jリーグ(J1)に在籍した「全て」の外国籍選手を取り上げ、この選手たちの国籍、ポジション、Jリーグ登録前に所属していたチームの経歴、そしてJリーグの登録抹消後の所属チームの経歴などを洗い出したデータを準備いただいて、ご報告を行っていただきました。準備いただいたデータを参考にして、Jリーグを選手たちのグローバルな移動の中の「経由地」「中継地点」「通過点」として捉えて、選手たちはどこから来て、どこへ行くのか、どのような経路を通っているのか、どれくらいの規模の移動があるのかといった点に注目しながら、サッカー選手の移動の特徴や、移動の中でのJリーグの特徴などについて議論を進めていただきました。

          参考として、少しデータを紐解いてみると、1993年の開幕以来、Jリーグ(J1)に在籍した外国籍選手の人数はおよそ800名。うち、国籍で見ると、ブラジル国籍の選手がおよそ500名を占めてトップ。次に韓国籍がおよそ80名で続きます。ブラジル籍選手の圧倒的な人数には参加者の方から驚きの声が上がりました。

          検証例としては次のような論点が挙げられました。まず、最近しばしば指摘される、経済的に力のある中東のリーグへ、Jリーグから選手が流れているという論点について。例えば、500人近いブラジル籍選手を見てみると、Jリーグから直接中東へ、という例は多くはないようです。そのかわり、Jリーグから南米へ戻って中東へという例は多く見られますし、南米のリーグを中心にチームを転々とするという例も多く見られました。

          近年では韓国から新卒の形でJリーグに来てプロキャリアをスタートするという例が多く見られるようになってきました。これは「アジアサッカー連盟(AFC)加盟国の国籍を有する選手1名」までは外国籍選手の登録数(5名まで)の制限を摘要しない「アジア枠」が大きく影響していると思われます。また、マンチェスター・ユナイテッドに所属するパク・チソンのような、Jリーグからヨーロッパへとステップ・アップする選手が注目されていますが、韓国からJリーグへ来てヨーロッパへ移動する選手は少なく、韓国と日本の間を往復するというケースが多いようです。

          上記の「アジア枠」に関連することでは、2006年にAFCに加盟したオーストラリアの国籍の選手の動向が、今後注目すべきケースとなりそうです。今回はJ1のみにしぼっての考察となりましたが、J2を入れた場合はどのような傾向が見られるのか、また、指導者についても考察の対象とすると何が見えてくるのか、という点も興味深いものと思われます。

          今回の報告では実行委員長の小笠原先生、事務局に参加されている藤田智博さん(大阪大学)をはじめ、みなさんから貴重なご意見をいただきました。また、山本さんの緻密なご報告で大いに研究会を盛り上げていただきました。ありがとうございました。


          なお、当日配布した参考資料(PDF)は下記からダウンロードできます。
          http://bit.ly/jj0rue (skydrive)

          Jリーグでの外国籍選手の登録の規定については、下記リンク先の1-5をご覧ください。


          藤墳智史(ブース担当)

          【C.A.P.】 CLUB Q2でのイベント紹介

          0

            共催団体のC.A.P.(芸術と計画会議)は、海外移住と文化の交流センター内の「STUDIO Y3」とは別に、神戸の街とポートアイランドをつなぐ神戸大橋のたもとにある神戸新港第4突堤上屋にて、「CLUB Q2」というプロジェクトを運営されています。昭和初期に建てられ、もともとは船客乗降場として使われていた建物だそうです。

            海の上のアートプロジェクトCLUB Q2で、5月に開催されるプログラムをご紹介しますので、一度、足をはこんでみてください。


            事務局長


            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

            ◆プラモ部「ミニミニ・ジオラマも今回で最終回!」
            7日(土) 13:00〜 参加費:2,000円(1ドリンク/ジオラマの材料は用意します)
             プラモデル、ジオラマを制作します。
             
            ◆「Slit bar」
            7日(土)、14日(土)、21日(土) 18:00〜
            メニュー:世界のビール(500円)、おつまみ各種(300円)、ソフトドリンク(200円)
            スポーツ系彫刻家 築山有城と、機動力系プラモデラートミー先生が手を組 み5月の土曜日3日間だけ開く限定バー。
             
            ◆A la mer〜海のうえで
            27日(金) 18:00〜 参加費:1,000円(フード付)
            卓球したり、ゲームしたり、おしゃべりしたり。海のうえで贅沢な時間をお過ごしください。

            ◆ガムラン体験教室
            28日(土) 13:00〜14:30 参加費:¥1,500(インドネシアのお茶つき)
            ガムランは青銅器の打楽器を中心としたインドネシアの伝統的な合奏音楽で す。特にジャワガムランはゆったりと流れるような優美な響きが魅力。楽譜が読めなくても大丈夫!楽器の前に座ったとこから、簡単な合奏が楽しめます。
             
             
            それぞれのプログラムに参加希望の方は、
            下記まで事前予約をしていただくようお願いいたします。
             
            C.A.P. 事務局(10:00〜19:00/月曜休)
            email:info(at)cap-kobe.com /phone:078-222-1003     


            【日伯協会】 第6回中南米音楽祭のご案内

            0
              5月21日(土) 14時より共催団体のひとつ日伯協会が、
              海外移住と文化の交流センター5階メインホールにて、
              「第6回中南米音楽祭」を開催されます。

              今回は、クーミンwithアコガレによる2時間の演奏で、
              ショーロとボサノバが堪能できるそうです。

              くわしくはこちらをご覧ください。

              なお、実行委員会会議と日程が重なってしまったため、
              ざんねんながら、スタッフ一同は参加できません。
              参加される方は、また感想などを教えていただけたら幸いです。


              事務局長

              ブラジル移民祭

              0

                事務局長のカヤノキです。

                429(金)、関西ブラジル人コミュニティ(CBK)主催のブラジル移民祭に、カルタイのスタッフ総勢10名で参加してきました。この移民祭は、「海外移住と文化の交流センター」として使用されている建物の歴史的重要性、ブラジルに向けた日本人の移住史、そして現在、日本に多くの日系ブラジル人が居住している理由を再認識し、それらを子どもたちの世代に伝えていくと趣旨から、年一回開かれています。今年で8回目を迎えます。

                参加者の1人である北川くんがレポートを書いてくれましたので、当日の写真とともに以下に掲載します。



                栢木清吾


                ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





                12
                00 

                CBKのスタッフの方から「移民祭」の趣旨と手伝いに関する説明をうけたのち、イベントが始まるまでの時間、館内を見学しました。



                館内に飾ってある写真を見ながら、ブラジルに移民した経験をもつCBKのスタッフの方に、いろいろとお話を伺うことができました。会話の端々から、神戸に住む若者に自分達の経験を知って欲しいとの思いを感じました。途中、他の参加者の方が話に入ってこられ、「私が乗ったアフリカ丸の写真はどこ?」などと会話が飛び交うのを聞いていると、「移民収容所」としての役目を終えたあとも、移住経験をもつ人々が思い出や苦労話をするために集まる場所として、この建物が機能していることを実感しました。




                1300 

                5階のメインホールにて、ブラジルへの移民がセンターに入所して旅立つまでの様子を記録した50年代のビデオ映像を鑑賞。





                1330 

                ビデオ上映後、10班に別れて、ブラジルへの移民が歩いた港までの道のりを辿る。われわれスタッフもプラカードを掲げて、引率のお手伝いをしました。










                センターから鯉川筋を下り、元町駅の高架下をくぐり、神戸大丸の脇を通って、メリケンパークまで一直線に下ります。ブラジル人移民史のなかでは「移住坂」として記憶されている道です。石川達三『蒼氓』の冒頭で「三ノ宮から山ノ手に向かう赤土の坂道」と書かれている道を下っていくわけです。ちなみに当時の「三ノ宮」は、今の元町駅がある場所にありました。

                 

                1440

                メリケンパークにあるブラジル移民船乗船記念碑「希望の船出」の前で記念撮影。





                1500

                みなと巡りの遊覧船に乗る。



                船は、神戸港を出て和田岬沿いに航路をとったのち旋回し、ポートアイランド沿いを進み、神戸大橋をくぐったのちに再度旋回、ハーバーランドへと戻る約1時間の航海。船内では、ブラジルへの移民経験をもつ方々から、移民船での体験についての貴重なお話を伺いました。




                慣れ親しんだ神戸の町ですが、海側から眺めると違った一面が見えてきます。とくに川崎重工、三菱重工のドックの姿は圧巻。観光地として再開発されたハーバーランドの隣に、まだあれだけの工場群が存在し、巨大な船舶が製造されているさまを見ていると、おしゃれやファッションを売り物にする神戸の下部構造には、インダストリアルな港としての発展史であることに改めて気づかされます。




                一階の船室では、子どもたちはポルトガル語の勉強をかねたゲームを楽しんでいました。でも一番よろこんでいたのはゲームのあとの、お菓子のプレゼント。




                仲良くなった子供達に話を聞いてみると、彼らは日本語が第一言語だが、「お母さんが怒るときにポルトガル語になるから(笑)」、聞くほうは大体わかる。話す方もペラペラとはいえないが、習っているから話せるとのこと。




                16
                00

                下船 現地解散


                このたびの移民祭には、滋賀や岡山といった遠方のブラジル人コミュニティも参加しており、200人近い規模でとてもにぎやかなものでした。僕は今回はじめてセンターを訪れたのですが、実際にブラジルに移民として渡った方々が、特別な経験を持ったもの同士、経験を共有するためのコミュニティという印象が一番。そして、子供達にポルトガル語を勉強してほしいと願う親世代にとっては、同じような境遇の人たちが日常的なことを話しあう「公園」のような場所。子供達にとっては週末の習い事の場所という感じでもありました。かとおもえば自分はブラジルに行ったこともルーツもないけど、親戚の誰かが行ってたくらいの人も集っていて、ゆるやかだけれど緊密な結びつきがこの場所ではぐくまれているのだなあとおもいました。



                北川尚志


                The Report of Fanon Che Wilkins's Lecture in Kobe University(15.04.2011)

                0
                  I am Jun Yokoyama. (organizer of party for participants in cultural typhoon2011! :)

                  Fanon Che Wilkins's lecture was held in Kobe Univ. on 15th April.
                  There ware many participans from different universities of Kansai area.

                  This report of Wilkins's lecture is brought to you by Satoko Yokoyama.

                  Enjoy it!

                  <Report starts here.>

                  Fanon Che Wilkins illustrated the history of Hip Hop by telling his biography and interweaving it with the corresponding development of Hip Hop. He was born in 1969 and had moved all over the US until 1984. The experience of moving from the West Coast to the East Coast, from the South to the North in the 1980’s helped him to understand that Hip Hop can attract people despite regional difference. As a young black man, Fanon saw how the youth in different cities accepted the brand-new musical art form and innovated their own version of Hip Hop.

                  In the golden era from 1988 to 1994, Hip Hop made tied itself in part with the anti-apartheid movement. This connection succeeded in making people think about their identity through their music. Fanon said that while it is true that Hip Hop had been commercialised from the middle of the 1990’s, it still has the power to allow people express their message through music, and it can reach beyond national and racial boundaries.

                  **

                  A number of interesting questions arose in the discussion following Fanon’s lecture.  One worthy of particular note was the following. “Hip Hop has not only positive aspects but also many negative aspects, such as extreme sexism and its glorification of violence. How can you connect Hip Hop as a genre to the social movements rather choosing particular Hip Hop artists or songs?” Fanon answered by using the Imani Perry’s notion of reunion. “Hip Hop is the gathering tent in which all of the dysfunctional factors coexist. We should see Hip Hop as a living, breathing organism, which includes both the sacred and profane, the positive and negative. Only then can we understand why such a variety of people can express their messages through Hip Hop despite their differences.”

                  It is important to note that, throughout his lecture, he never suggested that his African American origins as an absolute in order to have some unique insight into the topic of Hip Hop. Rather, he argued the importance of imitation and then innovation by all people in the creation of the art form.
                  <Report ends.>

                  -----------------------
                  Big respect to Satoko(Reporter), Mayuko(Organizer), Xan(Correcting).
                  And Dr. Fanon!

                  P.S.
                  Fanon has very nice photograph blog.
                  Check it!
                  http://fanonchephotography.blogspot.com/

                  BYE! (Jun Yokoyama)

                  4/15「音楽と社会」研究会の報告(横山 純、横山聡子)

                  0
                    4月15日にブログにて告知させていただいた、
                    「音楽と社会」研究会のお知らせ(4/15@神戸大学国際文化学部)
                    http://blog.cultural-typhoon.com/?eid=23
                    Fanon Che Wilkins(同志社大学グローバルスタディーズ研究科)さんのレクチャーの模様を、
                    Cultural Typhoon2011のスタッフである横山聡子がレポートを寄せてくれました。

                    イベント自体は、カルチュラルタイフーンに関わるスタッフだけでなく、
                    学部生も想像を超えて、たくさんの方に参加して頂き、大盛況に終わりました。
                    神戸大学で開催したので、神戸大学だけの学生が参加するのだろうと思いきや、
                    他の大学から神戸大学に留学している留学生や、
                    隣の大学の関西学院大学の学生の方もたくさん参加して頂きました。

                    当初講義、質疑応答合わせて2時間を予定していたのですが、なんと終了時には、トータル3時間を越えていました!
                    それもすべて、終始フランクな雰囲気をファノンさんに作って頂いたおかげです。
                    学生の方々が、分からないなりにも興味を持って、質問を投げ掛けてくれていました。

                    ファノン先生ありがとうございました!
                    そしてコーディネートしてくれた伏見さん、本当にすてきな機会をありがとうございました!
                    横山聡子さんありがとう。カルチュラルタイフーン本番に向けて、知の養分を吸って、どんどん低気圧を大きくしていきましょう!

                    最後にファノン先生が講義中に挙げていた、ヒップホップと社会運動について書かれている書籍を挙げさせて頂き、それに関連するHIPHOPのUP-TO-DATEなトピックを例に出して締めさせてもらいます。

                    Imani Perry "Prophets Of The Hood: Politics And Poetics In Hip Hop"
                    http://www.amazon.co.jp/Prophets-Hood-Politics-Poetics-Hip/dp/0822334461/ref=ntt_at_ep_dpt_4

                    ファノン先生はこの本を用いて、人々はヒップホップという音楽実践を通じて、社会的な通念や常識を改めて考え直すことができる「サイファー」空間を作り出すことができ、様々な人間が"REUNION"することの出来る"Space"であると説いた。その音楽は社会の多様な側面を反映しているため、ネガティブな面もあるが、それらのイシューは常に良い意味で論争されている(contested)と言うのだ。
                    レクチャー後の質疑応答の時間も、後に横山聡子も書いてくれていることだが、しかしながら、ずっとヒップホップはヘテロセクシャルでマッチョイズムでセクシズムが蔓延する男尊女卑的な考えの音楽と言われ続けいる。確かに、リベラルな考えを持つ者から見ればそうだろう。そうでなくても、ヒップホップと言えば女をはべらかしているマッチョの黒人男性というイメージを持つ人も多いだろう。そんな音楽のどこが社会運動だ?という質問が投げ掛けられた。確かにイメージはそうだ。では現実は?つい最近4月16日にカリフォルニアで行われた音楽フェスに出演したラッパーのLIL B(リルビー)は、"I'm a Gay"というアルバムを制作すると発表した。その意図を彼はこう語った。

                    「オレはヒップホップシーンで最も物議を醸すことをこれからやる。この場で初めて発表するぞ。言葉の意味などどうだっていいということを皆に証明してやる。
                    いいか、オレは『I'm Gay』というタイトルのアルバムをリリースする。
                    ヒップホップでこういうタイトルを付けるのはオレが最初だ。理由も言っておこう。
                    ゲイはハッピーを意味するからだ。オレ自身は女性が好きだけど、オレは他の人のやることや生き方を否定しない。皆それぞれの人生をハッピーに生きろということだ。
                    それをタイトルで言いたいんだ。人の生き方に口出しをするヘイターなどクソ喰らえだ」

                    http://www.moluv.jp/news/index.php?nid=4143

                    まさに、この瞬間ホモフォビアとして語られるヒップホップという音楽が自分たち自身の手で、より他者に開かれた音楽として変化させられようとしているのではないだろうか。常に自分たちが持つ価値観が論争されている空間。文化とは、均一な価値観が再生産される空間ではない。音楽実践がつくり出す文化空間の中で、人々は自分たちが持つ認識を常に問うているのだ。音楽実践を通じて常に議論し合っているのだ。

                    つまりだ、つまり、アメリカ社会の中でつまはじきにされていた黒人、マイノリティ達が行っていたヒップホップという音楽実践そのものが社会運動の1つの形ではないのかとファノンは我々に問うていたのだ。社会運動というと、インドの独立を目指したガンジーやアメリカでの公民権運動を指導したキング牧師をイメージするだろう。しかし、ファノン先生は"Social Movement"とは、大衆を投票に導いたり、デモなどの直接行動を指導したり、政党を作るという「政治」だけではないという。彼がヒップホップに見た、そして彼も存分に浸っている、その社会運動とは、人々が先入観に囚われた現実認識を改めて考え直し、他者にとっても住みよい社会の為にその認識を変化させ、そのポジティブな認識を伝え合う"cultural space"における音楽実践そのものであり、多種多様な人間達のコールアンドレスポンスによって成り立つ空間のことではないだろうか。二大政党制、ポピュリズムに行き着くしかない新自由主義下における議会制民主主義には遙かに及ばないdemocracyをそこに再発見し、民主主義を厳しく問いただす。これこそがカルチュラル・スタディーズの醍醐味と、興奮させられた一日でした。

                    Respect!

                    以上、<スタッフ、横山 純>
                    ---------------------------------------------------------------------------
                    以下
                    スタッフ、横山 聡子によるレクチャーのレポート

                    Fanon Che Wilkins's Lecture
                    ファノンは自分の歩んできた人生と時代がいかにヒップホップと結びついているものであったかという切り口から、ヒップホップの誕生から現在までの約30年間を描きだした。彼は1969年に生まれは2〜15歳までの間、西海岸から東海岸、南部から北部までアメリカの各地に移住を繰り返しながら成長する。中でもヒップホップが発展した1980年代に移動していたことで、ヒップホップを「場所的な制約を超えて拡大する音楽」そして「多様な人々に訴えかけるエネルギーをもつ音楽」として認識することとなる。異なる地域で多様に解釈されながら拡大するヒップホップを、ファノンは渦中で実践しながら育ったのだ。
                    1988〜1994年に黄金時代を迎え、反アパルトヘイト運動と結びついたヒップホップは、音楽を通して人々に自らのアイデンティティを考えさせることに成功した、とファノンは語る。1990年代半ば以降ヒップホップの商品化が著しいのは事実だが、それでも国境や人種を超えて広がっていくヒップホップには人々のメッセージを表現する力があるのだ。

                    **

                    一時間半にわたってファノンが浮かび上がらせたヒップホップとソーシャルムーブメントの結びつきに対して、たくさんの質問があがった。中でも興味深かったのは「ヒップホップがセクシズムや暴力賛美、犯罪、マッチョイズムと結びついていることは事実。一人のアーティストや曲を取り上げるのではなく、ネガティブな面を含む『ジャンルとしてのヒップホップ』全体を社会運動と結びつけることは可能なのか。」という学生からの質問である。
                    これに対してファノンはImani PerryのREUNIONという概念を援用しながら答えた。「ヒップヒップは複雑で、多様なファクターが競合するスペースである。その中には世俗的/神聖、ネガティブ/ポジティブといったあらゆる矛盾が存在している。そんな矛盾を内包した、血の通った器官としてヒップホップの総体をとらえることでこそ、人々の声を表現するツールとなるヒップホップのエネルギーを理解することができるのではないか」とファノンは語る。アフリカンアメリカンという自らの出自や、ブラックミュージックとしてのヒップホップのルーツを絶対視することなく、模倣と創造、Immitation and Innovation の可能性を指示するファノンの議論は、文字通り心躍るものだった。

                    <早稲田大学でのイベントのお知らせ>「震災前後―地揺れするバビロンにて―」

                    0
                      スタッフの横山です。

                      実行委員の山本と田中が主催するイベントのお知らせです。
                      こちらのイベントは東京の早稲田大学で行われるので注意してください。
                      カルチュラルタイフーン本番でも、震災前後についてのテーマを話し合えたらと思います。
                      イベント終了後レポートいたしますので、お楽しみ下さい。

                      以下イベント詳細です。
                      3月11日の震災がすべてを変えたのではない。もともとこの世界に存在していた様々な矛盾を、震災という出来事が誰の眼にも明らかにしてくれたのではない か。けれども、水脈はあった。震災前の世界で、その水脈を掘りつづけてきた論客たちを招いて、地揺れするバビロンから、この間に起きたこと、「例外状況と 日常性」、「精神と放射線のエコロジー」、「原発災害の攻勢下で人文学がなしうることはなにか」といったテーマ群について語り尽くしたい。震災以前の世界、そして震災後の未来について――


                      ■日時 2011年4月23日(土)
                          17:00〜19:00(16:30開場)
                      ■場所 早稲田大学16号館305教室
                      ■地図 http://www.waseda.jp/jp/campus/waseda.html

                      ■パネリスト 上野俊哉(和光大学/マギル大学)
                             RLL(カルチャー・ジャーマー・グループ)[Site]
                             二木信(ライター/編集者)
                      ■コーディネーター 山本敦久(筑波大学)+田中東子(十文字学園)

                      [EN]
                      On 23 April (Sat), 17:00-19:00@Waseda University,
                      building 16,room305,talk event will be held.

                      The subjects would be 'Earthquake Lightning from Babylon', 'State of Emergency
                      and Everyday Life', 'Ecology of Mind and Radioactivity','What Humanities could
                      do under the siege of Nuclear Disaster',etc.

                      Panelists, RLL, Shin Futatsugi and Toshiya the tribal
                      Moderator, Atsuhisa Yamamoto &Touko Tanaka


                      calendar

                      S M T W T F S
                         1234
                      567891011
                      12131415161718
                      19202122232425
                      2627282930  
                      << November 2017 >>

                      selected entries

                      categories

                      archives

                      recent comment

                      • 共在の場を考える研究会の稲津さんからPR記事をいただきました!
                        Inazu
                      • 共在の場を考える研究会の稲津さんからPR記事をいただきました!
                        BFJ
                      • グループワーク予告
                        尚永

                      links

                      profile

                      書いた記事数:73 最後に更新した日:2011/08/04

                      search this site.

                      others

                      mobile

                      qrcode

                      powered

                      無料ブログ作成サービス JUGEM